懐かしい便り
2009年11月2日、思わぬ外国便に驚くとともに懐かしい教え子橋本秀昭君からの手紙であった。そのきっかけは、難民コミュニティの学習用パソコン40台のうち1台が日本語用の物でトレーニングしていたウィグル人がヤフーのブログへアクセスしたところぶどうの画面が出て、ウィグル人たちの故郷の内容かと思ったところ、日本のサイトだったため橋本君が呼ばれ、偶然にも私の拙いブログをはるか向こうの中近東で読んでもらったからです。
さて、橋本君1968年.(昭和43年)3月1日卒業、大学に進む。橋本君の高校時代。私は政経の授業を担当しましたが政治、経済、社会問題に興味関心がとても高かったという印象が強い。部活動は野球部に所属。顧問は松本正利監督、吉武稔部長。橋本君は副主将で豊島主将とよく部をまとめた。一塁手を守り、監督の厳しい指導に耐え、歯を食いしばり、くたくたになっても愛のノックを受けていた。非常に負けず嫌いのところが強く、それが守備範囲を広め上達につながった。試合で華麗な守備やしぶとい打撃をしばしば見せた。
ところで、手紙によると、1978年より中東地区において、企業勤めしながらNGO活動を行っている。その間、種々の生活用品の改良、考案を重ね、10件以上の特許保持者である。最近そのひとつに、朝日新聞(2009年8月24日付)に載っている移動式浄水器を見ました。すごいですね。特許のホルダーとしてアフガニスタン、ウィグル自治区、イラク、ソマリア、スーダンなどの難民自立の方法をUAE王族とコラボレーションして1994年より本格化させたようです。
現在UAE ABODHAB政府より居住権を得て、日本へ帰るのは年4~5日位で、ほとんど各地で技術指導やコミュティ安定方策の助言等しているそうです。これらの国々は治安の悪化がすすんでいる危険な所で献身的に活動していることに頭が下がります。くれぐれも安全に注意を。
また、UAE王族系財閥企業の役員株主、オマーン国民間企業株主、日本企業(株)水ネットソリューション株主等のいくつもの肩書き立派です。薀蓄と努力の賜物と思います。
益々のご活躍とご健康を遠い日本の会津若松市からお祈り申し上げます。



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